【 二十四節気 雨水 】
 
本日2月18日で地球号は二十四節気の雨水を通過します。
 
雨水は世の中の氷や雪が溶けてゆるみ水となって潤いとなるとき。
 
こわばっていたいろいろなものがゆるむときだし、かたくつかんでいたものも、ホッと手放せるようなそんなとき。
 
 
そんな雨水にちょっと春分に向けての話しを。
 
 
日本の旧暦は太陰太陽暦と言って月と太陽のリズムを組み合わせたもの。
 
地球が太陽の周りを一年365日で巡るその旅を24という数字で切り分けた太陽の暦。
 
そして
 
地球に暮らす上で自分たちの周りを約25時間というリズムで周回し、地球そして地球上のあらゆるものに影響を与えている月の状態を示す月の暦。
 
太陽の暦で自分たちの物理的な現在地を正確に把握しながら、月で生活=生命活動の現在地を知る、そんな暦が旧暦です。
 
 
現在の新暦と呼ばれるグレゴリオ暦は分類するなら太陽の暦だけどフレームだけしかないようなもの。
 
明治維新で捨て去られたのは太陽の暦のその中身と生活の部分の月の暦です。
 
そんな大変に興味深い月の暦の話はまた今度で今回は太陽の暦の話です。
 
 
旧暦の太陽の暦は二十四節気です。
 
グレゴリオ暦で二十四節気を捨てて12ヶ月と356日を採用したわけですが、春分と秋分だけは捨てなかった日本。
 
22の節気と中気を捨ててもこの2つだけは残した。
 
しかも月の暦で決まっていたいろいろな行事ごとを「毎年日付がずれると混乱する」と無理やり新暦の意味のない日付にスライドさせたにも関わらず、春分と秋分は「日付が毎年ずれてもよし」としたこの特別待遇。
 
お正月さえ捨てたのに!!!!!!
 
すごくないですか?
 
この春分と秋分にかける日本の思い。
 
ちなみに日付がずれて何がずれてないのか?というとそれは「場所」。
春分と秋分はリアルに「宇宙的に根拠ある場所に地球がある日」に今でもなっています。
 
まーだいたい3月20日あたりとかにせず、毎年毎年「今年はここ!」ってちゃんとやってる。
 
 
私ここに日本の当時の誰か?の意地を感じました。
 
 
太陰太陽暦を捨ててグレゴリオ暦にすることでの民衆にとってもデメリットがたくさんありました。
 
太陽の周りのどこかもわからなくなる。
 
生活を共にしてきたあの空に浮かぶ月とのまさに蜜月関係を忘れてしまう。
 
大変なことです。
 
 
そんな当時の事情の中で「本当の春分と秋分が残っているだけでもいける!」としたわけですよ。
 
他の行事は多少ずれてもその日付だけは丁度じゃないとだめだった。
 
それは春分と秋分は特別中の特別だからです。
 
それは地軸に対して真横に太陽が来る位置に地球がある日。
 
その位置に地球があると・・・・
  
昼夜がバランスして、太陽は真東から昇り真西に沈む日となり、
 
東西にレイラインが通って富士山含め主要な神社仏閣は結ばれるように創ってある日本。 
 
 
この年に二回の特別日さえ残っていれば、天体とともに天地和合で生きて来たこの「日本」という国はそのスピリットを失わないぞ!って。
 
 
それくらい特別中の特別ではじまり中のはじまりの日で一年の日の出の日とも言える「春分」まで二十四節気も啓蟄を残すのみ。
 
あーたのし。
 
春ってほんと最高。